2014年08月28日

297.筑紫紀行A伊都国

平原大鏡魏略・卑弥呼と魏志・壱与の狭間に横たわる倭国変貌の謎

周旋女王国群と糸島地域
★前回からの続きです。当初の予定は川上峡から「背振越え」での伊都国歴史博物館でしたが、当日は休館のため翌日訪れたのが「古代伊都国」でした。
背振越えは私の仮説では倭国周旋の最後烏奴国から奴国へのルート、北側の雷山山系は難所ですが中心部は盆地状の穏やかな地でした。
図Tはその糸島の平野と半島、古代は志登支石墓群近くまで唐津湾博多湾が入り込んでいました。また雷山川瑞梅寺川が平野を南から北へと平行して流れ、入込部でそれぞれ東西して湾に注ぎ込みます。
弥生糸島の先進出土品
★この両河川が流れる平野部に弥生の先進大遺跡群が横たわります。
平原井原三雲など数多の漢鏡や文化品が出土しましたが、中でも特筆すべきは平原出土の倭製超特大内行花文鏡でしょう(図U)。漢鏡デザインをベースに巨大化させた倭国の技術には目を見張るものがあります。この5枚は弥生墓から総て破砕された形で出土しました。
★そして上町遺跡から出土した120pほどの五尺刀卑弥呼魏帝から賜った五尺刀二口のうちの一口だと言われています。
臺・壹問題と魏略・魏志★さて現在の古代史界ではこの大遺跡群全体を「伊都国」としていますが、果たしてそうでしょうか。実はこの国を記した書物が2書(魏略魏志)あり、その内容が微妙に異なるのです。
★話はちょっと長くなりますが、図Vをご覧ください。これは「邪馬【臺vs壹】国問題」での結論、「邪馬壹国は邪馬臺国からの意図的改訂」を記したものですが、ポイントは「魏略は卑弥呼時を意識して、魏志は壱与時を意識した」ことです。
★さてこの2書の異同をチェックしてみましょう(図W)。
★二か所あります。ひとつは戸数で<魏略・万戸余/魏志・千余戸>、これをほとんどの学者は「魏志の記述は誤りで魏略が魏略と魏志の伊都国正解」としています。
★もうひとつは副曰の<魏略・洩渓觚/魏志・泄謨觚>で他の二官は同じ表記、これには言及がないようです。
★さて検証です。図X
は現在の居住状況から古代の戸数を照会したものですが、わかりやすい壱岐島一大国から糸島市伊都国を類推してみましょう。
糸島地域の推定戸数★結果伊都国の戸数は一万戸を超えるようで、「魏志記述は魏略記述の誤り」とする見解は一見正しそうです。
★ところがここで困った問題が起きます、次の東南百里至奴国二万余戸」です。伊都国は「臨津交易」港で今の加布里付近かと思われますが、ここから東南百里(短里)は糸島平野・大遺跡群のど真ん中となります。
★で、なにが困ったかというと、ほとんどの人が「奴国は那の津・福岡市」としていることです。地図をもう一度見てください。ここは東南でもなければ百里でもない、「東・四百里」ほどの地。そこでしょうがないので「魏志の方向記述は誤り」や「古田の短里はなかった」などの文献・個人批判で片付けているのが現状です。
☆ちょっと待って!プレイバック、もう一度じっくり考察してみましょう。
★先の分析では「魏略は卑弥呼時を魏志は壱与時を意識」していますので、両書に微妙な食い違いが生じたとしても決しておかしくはありません。
伊都国奴国魏志では足して二万一千戸でこれが糸島地域にあったことになります。しかもここは国王級の文化品が出土する弥生の先進地で、相当な人口が推察されます。「卑弥呼時に万戸単位の伊都国が、壱与時には千戸の伊都国と二万戸の奴国に分けられた」と考えれば問題ありません。その変貌を示すひとつに先の「副官名の異同」があります。
★そして平原墓出土の破砕された巨大倭鏡群、これは「当時そういう風習があった」とか簡単に説明できるようなものではない、「尋常ではない」事象です*例えば「大倭国」の否定とか。
★そして千戸の伊都国が国王・官3名なのに対し二万戸の大国・奴国には2官しかいない、ただならぬ様相です。ひょっとしたらこの国は壱与時には文字通り「奴隷の国」にさせられてしまったのでは?例の五尺刀はこの地から出土しています。
筑紫倭国は弥生末期、卑弥呼が魏と対等の「邪馬台国」を表明したのに対し、魏は卑弥呼を廃して壱与を擁立、国名に「邪馬壱国との隷属意図を示す改訂を施したようです。
☆そのドラマの一端「伊都国史」が、糸島平野の「文献学×考古学」分析により見えてきそうです。
旧唐書には「倭国は古(いにしえ)の倭奴国なり」とあって、「金印<漢委奴国王>の出た博多湾岸が倭国の中心」との認識。魏志の<王のいない二万戸の奴国博多湾岸>とは考えにくい所です。


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2014年07月30日

296.筑紫紀行@岩戸山

岩戸山古墳石人像実は「継体の乱」?磐井墓と同じ仕様で造られた今城塚古墳

福岡古代史ツアースケジュール◆7月21~23日、東大阪の古代史仲間と「福岡史跡ツアー」を実行しました。
私は前に何遍も訪問していましたが、大阪の仲間は初訪問ということで先ずは「百聞は一見にしかず」ということでの欲張り企画。図Tのような強行スケジュールを組みました。
★で、より興味を深めるために訪問地を私の女王国連合仮説にプロットしました(図U)。
★初日は先ず八女・岩戸山古墳倭人伝では邪馬国と記されています。次に女王国連合地図・周旋五千里久留米の高良大社窮臣国櫛原)です。で、吉野ヶ里遺跡のある烏奴国と回って与止日女社の川上温泉に宿泊です。
★さてしょっぱなの岩戸山で度肝を抜かれる展開がありました。岩戸山歴史資料館の館長が「出土物や墳形が継体陵とされる高槻・今城塚とソックリです!」との解説。磐井を征討した継体のお墓が同じ仕様とは!?
今城塚は宮内庁指定継体陵・太田茶臼山古墳の東にあり、近年の発掘成果から「こちらが継体陵」とする見解が有力です。
岩戸山古墳と石人石馬図Vはその岩戸山古墳で、後円部に接した別区は「衙頭」と呼ばれ、石人・石馬が林立しています。
★で図Wは両古墳の出土物、よく似ていますが特にのデザインがそっくりだそうです。
★大きく異なるのが阿蘇凝灰岩製の石人・石馬像で、八女古墳群特有のもの。出土は手・足・首などが破壊され、継体の敵意が凄まじいものだったことを物語っています。
★岩戸山と今城塚の出土物★そして墳形です。私は既に今城塚五芒星分析していましたので、その分析図形を岩戸山に乗せてみたのが図Xです。周濠やスケールは異なりますが、形はソックリと言ってよいでしょう。
岩戸山磐井の生前墓ですので、記録からは岩戸山→今城塚の順となります。
★最後に石棺です。今城塚の石棺は「阿蘇ピンク石」と呼ばれるもので、九州・宇土半島の特産だそうです。図Yに分布図を載せました。
★ところで5~6世紀の関西古墳石棺には九州・阿蘇岩戸山と今城塚の墳形凝灰岩製のものが多く見られます。
★詳細では、5世紀の中期古墳では九州北部に広く分布する「グレイ石」(*茶臼山古墳も)でしたが、その後徐々に関西現地産の石材に変わってゆきます。で、6世紀の後期古墳に至って再び九州から持ち込阿蘇ピンク石分布まれるのが「ピンク石」(*今城塚古墳も)。ちなみに継体の故地・越前では地元の笏谷石が使われるそうです。
☆その継体の墓が何故九州仕様に?
★ここで継体の足取りをたどってみましょう(図Z)。
★6世紀初頭、武烈の跡継ぎに乞われた継体は先ず樟葉に入ります。そして筒城弟国と転居して最後に大和入りするのに継体遷宮と三島20年かかります。で、その後に磐井征討
★さて記紀継体陵と記す「三島」ですが、継体の足取りはこの地の前で止まっているかのようです。そして三島二大古墳の石棺は阿蘇石。どうもこの地は九州勢力が支配していたようです。
記紀大和王権の列島連綿支配を主張していますが、考古学的にはその逆の様相をを呈しています。
★この謎を解くにはかなりの時間が必要でしょう。
☆ただ九州主導の考古学的事実からすると、これは「磐井の乱」ではなく「継体の乱」とすれば、謎が解けそうです。
◎みなさんも謎解きに挑戦してみませんか?

【8.6】理研・笹井氏自殺に見る阿倍政権の恐怖
★平和主義に基づく武器禁輸原則を破って武器のトップセールスを始めた「積極的平和主義者」阿倍晋三首相。今度は彼の主導するNHKが世界的科学者・笹井氏を自殺に追い込みました。
★今まで戦後日本が築き上げてきた財産「平和国家としての信頼」や「優れた科学技術」を、彼の拝金主義が喰い潰そうとしています。
★今回の理研事件は、国が科学を「金のなる木」としてしか扱わなかった結果起こったものです。
学者殺すに刃物はいらぬ バッシング報道すればよい〕NHK
※Nスペでの男女アナによる思わせぶりなメール会話朗読は、百田尚樹の知恵かも知れませんね。
※匿名を隠れ蓑に暴れまくるネトウヨ集団、ナチス党出現前夜とソックリですね。プロパ元は誰か?
【8.11】未熟な民主主義
★今世界各地で起きている内戦の元凶は民主主義の最大の欠点である「多数派による少数派への暴力的政治」で、この未熟さが国を破滅へと導きます。日本も同様で、「陰にこもった弾圧」気配が漂います。



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2014年06月25日

295.関西大五芒星を解剖する@

東谷神社.天神族を凌駕した天孫族が張った関西大五芒星・新結界網

◆6月19日に『東大阪・文化財を学ぶ会』が主催する「天橋立ツアー」に参加した折、元伊勢と呼ばれている(この)神社の位置づけを関西圏全体からすることになり、「関西大五芒星」のお話をすることになりました。
関西大五芒星図Tは、ブログで広く紹介されている「謎の大五芒星」で、大江山皇大宮伊吹山伊勢内宮熊野本宮淡路伊弉諾社が正五芒星(五角形)の五隅にプロットされるというものです。
★いずれも日本神話や伝説に関わる重要ポイントであり、何らかの意図が働いていることは立地分析上間違いのないところですが、その意図・動機が全く不明で、ために歴史アカデミズムからは無視されています。
関西大五芒星結界★今日はこれを解明します。図Uをご覧ください。
大江山酒呑童子が朝廷に逆らい、伊吹山ヤマトタケルが致命傷を負った所。伊勢内宮東朝熊山は東国への鬼門で、熊野本宮は朝廷も畏怖する自治区。そして伊弉諾宮は国生みの起点と、いずれも古代のボーダーポイントであることが窺われます。
★私たちは既に五芒星が「結界」であることを知見しています。で、この論に従えば籠神社結界外。地元では大江山皇大宮元伊勢と呼ぶそうで、これなら結界論にピッタリです。どうも籠神社豊受大神は、結界外から伊勢外宮に招かれたようです。
★さて籠神社は天皇家より古い系図を持つ海部氏の神社で、祭神は天火明命。天孫降臨をはたしたニニギの兄で尾張・海部氏と同じです(※ここも結界外)。
天火明命(=ニギハヤヒ)には天香語山命という子がいて尾張氏物部氏の祖神、大和の天香具山とも関係しそうです。また蘇我・物部戦争守屋に担がれて殺された穴穂部皇子の別名は天香子、彼こそ古大和の正統な血筋だったのでしょう。
★で籠神社の御神体は漢鏡神武東征以後にもたらされた伊勢内宮・八咫鏡は大きさからして国産最大内行花文鏡と推定されることから、籠神社の鏡がいかに古いかが系図と合わせて窺われます。
※和歌山日前宮のご神鏡も伊勢内宮と同型の兄弟鏡とされます。また天照鏡が最初に祀られたとされる大和三輪山山麓の柳本大塚からも同型鏡が発掘されています(下池山古墳からも)。*伊勢も和歌山も結界ライン。
※日本列島の古中国鏡弥生期の北部九州に大量流入し、それを真似た大型国産鏡も大量に造られました。この東方伝播が以後起こったようです。
降臨神話・伝説★ところでこの大結界は、記紀神話に登場する神々のうち出雲・新羅に関わり合いを持つ神さまを避けているようです。イザナミ(墓が出雲)、スサノオイタケル天火明ニギハヤヒ)、大国主など(図V参照)。
※ちなみに新羅系渡来人天日矛ツヌガアラシトも結界内に入ることができませんでした。天日矛などは赤留姫を追ってきたのですが、彼女が大阪に逃げ込んだので播磨で足止め。結局は丹波に永住したそうです出石神社)。
★当ブログでは大和を中心とする古結界は、神武に先着したニギハヤヒナガスネヒコモノノベと一緒に造った「出雲天神族の所産」とするものですが、これをスッポリと包み込むように設定されているのがこの関西大五芒星結界です。
★おそらく出雲天神族を凌駕した天孫族が彼らを封じ込めるために造った新結界、三輪山出雲神を知らなかった崇神天皇天照大神の鎮座地を求めた頃からの発想でしょう。
※ちなみに小川・水谷氏が発見した「太陽の道」は三輪山を抜けており、これも出雲族巻向山レイラインを消すための施策でしょう。*長谷寺は三輪山裏出雲部落を監視しているようです。
※また五芒星中軸を貫く八咫烏子午線は古結界のまま、出雲系熊野氏への懐柔もあったのでしょう。政治の動乱期には反体制側も受け入れてきた熊野ですが、平安末期には朝廷が盛んにゴマスリに出向きます。
★この結界は時代を経ても活用されます。寧楽結界の中心元正陵に発する空海北斗七星結界は桶部分を「七里結界」に使っていますし、織田信長伊勢内宮―宝塚・市杵島姫社軸と線対称に逆北斗を設定。桶部分「神仙結界」を琵琶湖に想定しました。で、ここから求められる北極星籠神社に、木瓜紋スサノオ信仰信長コノ神社を篤護したそうです。
★最後に関西大五芒星の中心は東谷神社冒頭図)、謎の神社だそうです。

【7.2】「結局は金目でしょ」
★湾岸戦争での拠出金2兆円、自衛隊に10人程の犠牲者が出れば安上がりの「国益」となります。
★武器輸出緩和と同時に武器見本市に13社初参加、成長戦略の一環です。
★残業代ゼロの給与奴隷づくりで大企業は「濡れ手に粟」、成長戦略の一環です。
☆「金欲しさに魂を売る」阿倍政権が日本を地獄へと導きます。
※集団自衛権容認について「日本が再び戦争に巻き込まれるようなことは断じてありえない」、・・・・(でも他国に対しては戦闘行為に及ぶ)・・・。五輪招致で「汚染水は完全にコントロールされている」の大嘘が浮かびます。
【7.16】「国民の生命・財産を守るための」集団自衛活動 
★自衛隊員も国民です。
【7.16】自衛隊員は「命をかけても任務を遂行する」との誓約をしている
★それは「専守防衛」が前提だからでしょ。


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2014年05月10日

294.修羅道を行く道鏡(後)

和気清麻呂復権した物部氏・弓削京の喉元を押えた和気清麻呂の策謀 

5.5朝日・道鏡@★5月5日付の朝日新聞に「悪僧じゃなかった?道鏡」の特集記事が掲載されました(図T図U)。
★先回の分析稿を補強するもので、「天皇の位を望む」とする記述は『続日本紀』のみ。他に彼の悪政を伝える記事は皆無で、道鏡の野望を告発したとされる和気清麻呂冒頭図道鏡失脚後に昇格したわけでなし。関学5.5朝日・道鏡A大教授の中西さんは、こう疑問を投げかけています。
★更に続けて、「極悪人道鏡像」は「桓武天皇が自身の天智系血統を引き立てるために、天武系血統最後の天皇・孝謙称徳)を貶めようとした結果、事件を創作したのでは?」としています。
※さすがに天皇を全くの悪者扱いにはできないので、代わりに道鏡を悪玉に仕立てた?
★とにかく和気清麻呂は平安京造営で多大な貢献をした人物、桓武朝の基盤を揺るがないものにするための「謀略」のひとつだったのではないでしょうか。
由義京推定図と阿修羅像★ところで、先回に提示した「由義京推定図」ですが、更にブラッシュアップしたのが図Vです。
★想定エリアは平城京の1/4、これを縦横5分割すると平城京の1区画となり、ミニ京域が現出します。
★先述のほか、「都留美嶌社」の写真を加えました。西北45°を睨んで横長に展開するこの神社、都城設計の基準となっている
由義京のポジショニングようです。
★さてこの由義弓削、他京との関係ではどんなポジショニングだったのでしょうか、図Wをご覧ください。
★大和川が河内に流れ込む北岸に由義京は位置し、ここは蘇我氏に滅ぼされる前の物部氏の重要拠点のひとつでした。
★東側には現在「東高野街道」と呼ばれる古道が南北に走っており、北の石切社ニギハヤヒナガスネヒコの拠点)と南の道明寺土師氏の拠点)を結びます。
神武の前に物部氏を引き連れて大和に降臨したニニギの兄/天火明命
★また西に向けては「磯歯津路」と呼ばれる古道が住吉に直行しており、渡来人の移住地を貫通。東は恩智越えで平城京と結びます。
★で、藤原京難波京平城京ほぼ「中位」に位置するという絶好のポジショニングです。
※また真東の斑鳩宮聖徳太子の宮、日本で法王を名乗ったのは「道鏡と称徳太子だけ」です。
★この由義京については「八尾市埋蔵文化財センター」に何回か訪れてお話をお聞きしましたが、その中で気になることがひとつ。研究員さんが「都城計画には必ず基準となる山があり、由義京は南の神山(こうやま)』が怪しい」とのこと。早速地図を広げたら竹内峠・神山は真南にはなく、「間違いかな?」ということになりました。
道明寺天満宮・梅林と土師寺塔心礎★真南なら大和川を挟んだ高台の道明寺天満宮土師寺が当たり、基準になりそうです(図X)。
★しかし神山のことが気になったので帰ってよく見ると、なんとペンタライン図中央緑線)で繋がっていました。
★このラインには<由義宮鐸比古鐸比売社寺山神山ペンタポイントが連なります(図Y)。この神山は竹内街道で河内と大和の分岐点に位置し、真東に藤原京・耳成山を望む重要ポ鐸比古社ー寺山ー神山イントに位置します。
★さて「鐸比古社」です。彼は垂仁の子で、なんと道鏡を告発した和気清麻呂の祖先でした(鐸比古を祀る神社は和気氏の故地岡山・和気神社とここにしかないそうです)。道鏡の敵・清麻呂の祖神社がなぜ弓削の地だけに?。
☆どうも和気氏神山と繋がる由義京の喉元を押さえつけて、弓削一派を封じ込めたようです。
※社伝では、創建は成務の時で比古社は裏の高尾山山頂にあって比売社とは別々、中世頃に今の場所に降りてきたとか。しかしながら「道鏡と清麻呂の隣接」という異様な関係は無視できず、社伝をさしおいて大胆に推理した次第です。また「」もひょっとしたら「銅鐸族」と何か関係するのではないか、とも思っています。

【5.10】多数決民主主義の危険
東ウクライナで<分離―独立→ロシア併入>が「多数決」で決められようとしています。併入されたら少数派には「地獄の生活」が待っています。
★他方日本では憲法をないがしろにする<解釈変更→集団自衛容認法案>がまた「多数決」で決められようとしています。
※これらは、例えば沖縄で中国に帰属したいとする住民が過半数を超えれば実現する、ということを意味します。
☆民主主義で最も危険なのがこの「多数決総取り主義」で、かつての自民党は「七・三の構え」を良しとしていました。今はこの「暴力的過半数支配主義」が横行しています。
※昨年の「憲法96条の2/3改訂規定を1/2に変更」しようとする動きは「過半数支配」の現れです。

【5.11】「A級戦犯」の意味 
★今日のテレビ「時事放談」で高村さんがA級戦犯合祀・靖国参拝について、「国の命令で死んでいった人を拝むのは当然」と言っていました。これは「A級戦犯」の意味があいまいなために使われるレトリックで、彼らは『戦争指導者』―「お国のために死んで来い」と命令した人たちです。靖国は「殉死を命令した人と命令された人が同居する」不気味な神社、早く分祀してあげないと本当の戦死者がかわいそうです。
※彼らは「命令を下したのは天皇だ」と責任転嫁しているんでしょうが、そんなこと言えないですね。
※「神道では一旦合祀すると分祀できない」は真っ赤なウソ、分祀事例は日本国中ゴロゴロあります。

【5.16】「集団的自衛権」欲しさの作為的ストーリー 
★「朝鮮有事での米艦による邦人護送を自衛艦が援護する」ですか。邦人を自衛艦が引き取れば済むことなのに、いかにもとってつけたようなストーリーですね。
※アベちゃんはとにかく「海外での軍事力行使」をしたくてしょうがないみたい。海外邦人の保護、この人ひょっとすると米軍に「ヤラセ」をお願いするかも知れません。
※アベちゃんは「国民の生命・財産を守る安全保障は国家の義務」していますが、その考え、原発政策にも反映させてほしいものです。それとも原発が持つ「核兵器潜在保有権」の方を意識した安全保障(威嚇防衛)を考えているのかな?。

【5.17】「鼻血ブー」の茶番劇  
★「美味しんぼ」の鼻血描写で雁屋哲さんや小学館を恫喝した後、今度はアベちゃんの福島医大訪問。御用学者・山下医師をバックに「甲状腺異常は他県と変わらない」(実際は数十倍)というウソのコメントを発していました(この人はすぐばれるウソを平気でつくから恐ろしい、参考は五輪招致での原発事故コントロール発言)。
※本当の風評被害とは、「政府による放射能安全風評づくり(事故・被害情報の隠蔽・操作)」による福島県人の健康被害です。*「人が死んだわけじゃないから大したことはない」という自民党代議士もいます。
【続報】小学館が詫びを入れちゃいました、恐ろしい圧力がかかったんでしょうね。「低線量と症状の因果関係は解らない」・・「だから安全」とでもいいたいのでしょうか。アベちゃ☆山下データ.jpgは「情報はすべて公開する」と言ってましたが、「山下データ」(左表)は正式公開するんですか?。安全風評被害はまだまだ続きます。今度は個人としてバッシングを受ける雁屋哲さんが心配。
※特定秘密保護法が発効されれば「即逮捕」ということもありますね。
【5.19続報】福島の小児甲状腺がんが平均値の300倍!
今日の朝日新聞です。一般に100万人に1人といわれる罹患率の300倍に当たる患者数が観測されています。これを星北斗氏は、「@チェルノブイリより年齢が高い・A福島では地域差が見られないことより、放射能の影響とは現時点では考えにくい」とのコメントを発表しています。バカじゃないですかこの人は!
★内部被曝障害は、量的因果関係がまだ完全に解明されていないことから、主に「統計確率処理」で判断されます。@年齢はスクリーニング処理を施せば同等比較できますし、A地域差に至っては隣県発症も懸念される結果です。
☆日本人が「事実よりも権威に弱い」ことは私も歴史学で重々承知ですが、あまりにもヒドイ!。韓国では客船事故で腐敗体質が噴出しましたが、日本ではまだ「腐ったものに蓋」をして「まだ腐ってない」と権威筋が言い張る恐怖の構造が続いています。

【5.19】裁判員裁判のトリック  
★裁判員裁判における問題点のひとつとして「殺害死体写真を見せられた裁判員の精神障害」があります。これは検察側にとっての「思う壺の副作用」なのではないでしょうか。
★即ち、検察側は惨劇のリアル提示により「こんな犯人は極刑に処すべきだ」との情緒的誘導を図れることになります。彼らの目的は裁判員判断を「より重罪」に誘導することが大事であって、利用するだけ利用したら後々の精神障害など多分どうでもいいことでしょう。但しあまり問題になっても困るので、適当にケアするポーズはとるでしょうが。

【5.21】習近平さんの世迷言
★「アジアの安全保障は中国が主導してゆく」・・・泥棒に鍵を預けるようなものですね。
※5.22アジアカップ女子サッカー準決勝<日本対中国>、「ジャイアン中国」の姿をイカンなく見せつけてくれました。

【5.22】ナチスドイツに見習え!
★吉田証言や福井地裁判決を無視して原発推進に突っ走り、国会審議を無視して集団自衛に突っ走る行政府。立法府・司法府を無視した行政府の暴走はナチスドイツそっくりですね。

【5.23】配偶者控除廃止論の怪 
★「女性の社会進出」を促進する策として「配偶者は控除限度額以上は働かないから廃止」とする論ですが、それは逆に限度額を上げれば済むこと。また婚姻環境や子育て環境を阻害するのが廃止論で、少子化防止対策とは全く逆行します。
★結局は、「税収を増やそうとすることだけ考えた政府の詭弁」でしたね。



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